医術の始まり
今から、三百年前。天才と言われた、一人の癒者が居た
その名をフェリックス・リンベルというその癒者は、他の癒者達が投げ出した患者ですらいとも簡単に治療してしまい、大陸最高の癒者としてその名を馳せていた。ある、出来事が起こるまでは・・・・・・・
ある日フェリックスは、往診に行った帰り道、偶然にも重傷の患者に出会う。熊にでも襲われたのか、体中に引き裂かれたような切り傷のある、重傷患者に・・・・・・・
当然の如く、フェリックスはその患者を救おうと、その場で出来うる癒術の限りを尽くした。しかし不幸な事に、往診の後であった為、フェリックスには十分な魔力が残っていなかった
それが災いし、その患者は、大陸最高の癒者の治療を受けたにも拘らず、息絶えてしまう。そしてこの出来事は、フェリックスにある決意を抱かせることになる
魔力を使わない治療法を確立する、という決意を・・・・・・・
「私は先日、一人の重傷患者を治療しました。しかしその時、私は魔力が底を突いており、その患者は残念ながら、亡くなってしまいました・・・・・・・そこで私は、思ったのです。癒者の魔力には、限りがある。いくら技術を磨こうと、魔力が底を突いてしまっていては、満足な癒術は出来ない。だから魔力に頼らない、他の治療法を確立すべきなのではないか、と・・・・・・・」
大陸中の癒者が所属する組織、癒術連盟。その名誉癒者の一人であった彼は、癒術連盟の幹部が集まっての会議の席で、そう発言した
しかしその発言への癒術連盟の反応は、冷やか、というよりも、残酷なものだった
リンベルはその日の内に、癒者としての資格を剥奪され、癒術連盟から追い出されてしまったのだ
何故、そんな事になったのか?その理由は、至極簡単だった
癒術連盟に所属する幹部達は、リンベルのその発言を、癒術の否定、と解釈したのだ
リンベルにとっては、魔力に頼らない新たな治療法を確立し、癒術を必要とする患者の為、魔力を温存すべきだ、という主張。しかし癒術連盟は、そう解釈してくれなかった
そしてリンベルは、癒術連盟を去る事となる。彼の発言に共感した、少数の癒者であった者達を引き連れて・・・・・・・
フェリックス・リンベルが癒術連盟を去ってから、百年後。癒術連盟を去ったフェリックスの名を、殆どの人間が忘れ始めた、そんな頃
既にこの世からも去った、フェリックスの意志を継いだ新たな人物が、世に登場する事となる
その名を、オービット・リンベル。フェリックスの曾孫にして、曽祖父に並ぶ天才と言われ、魔力に頼らない治療を、医術として学術に昇華した人物
彼はその一生を医術の確立と進歩、伝播に費やし。医術の黄金期と呼ばれる、医術の最盛期を築き上げる事に成功した
彼の曽祖父、フェリックス・リンベル。その人を救おうとする意思が、大陸全土に広められたのである
そしてその偉業を称え、オービットは【医術の開祖】。亡き曽祖父フェリックス・リンベルは、【医術の提唱者】の二つ名で呼ばれるようになった
だがそれを、快く思わない人物達がいた・・・・・・・
それはフェリックス・リンベルを癒術連盟から追い出した、反医術派の癒者。その子孫達である
彼等は自分達の祖先が連盟から追い出した者の子孫が賞賛を浴びる事に、激しい嫉妬心を抱いた。と同時に、リンベル一族を根絶やしにすべく、密かに動き始めた・・・・・・・
オービットが医術を確立してから、十数年
彼の研究により、医術は飛躍的な進歩を進めた。また同時に、彼の努力により、大陸中に幅広く医術が伝播し、多くの者が医者として活動するようになった
全ては、順調。フェリックスの意思は、確実に、大陸に浸透しつつあった
だが、ある日突然、事件は起きる
オービットを始めとする、リンベル一族。それに加え、世界中の高名な医者達が、突如虐殺された
犯人は、不明。公にはそう発表されたが、この事件の犯人は、明らかに癒術連盟の者達の仕業であった
しかし癒術連盟は、全ての国家に対し圧力を掛け、この事件を闇に葬らなければ、治療活動に制限を設けると脅し、この事件を闇へと葬ったのである
こうして医術の全盛期は、突然幕を閉じる。高名な医者の虐殺という事件により、医者を志す者は殆どいなくなってしまった
一方で癒術は、リンベル邸から襲撃時に押収した医術書により、大いなる発展を遂げる。それは医術を癒術の補助として使う、という、皮肉にもフェリックスが唱えようとしていた、その方法によって・・・・・・・
その最たるものが、薬であった
今までどんな軽い病気の者でも、癒者は癒術によって患者を治療してきた。しかし薬は、そんな癒者の常識を変える事となる
植物や動物から抽出したエキスを調合して作る、医術書に載っていた薬。それは医術の一つであったが、その虐殺事件の後は、癒術の一つとされ、現在に至っている
医術は、リンベル一族の根絶という、悲劇的結果を経て、ようやく本来の目的に至ったのである
だが、それを納得しない人間が現れるのも、また必然であった
オービット・リンベルの弟子の一人にして、彼の親友でもあった、マーク・アンダーソン
彼はリンベル一族が根絶されるという事件の後も、親友であるオービットの意志を継ぎ、大陸中に癒術の伝播を続けた
そうして彼は、小規模ながらも、リンベル医者協会という、組織の成立に成功。癒術連盟に対抗する力を医術に持たせ、医術離れする医者達の心を繋ぎ止めた
その業績を称えられ、現在彼は、現存する医者達によって、【近代医術の父】、と呼ばれている・・・・・・・
「まぁ、私が知っている医術の歴史は、このぐらいだ。どうだい、何か得る物はあったかな?」
医術の歴史について話終えたロンメルさんは、そう僕に問い掛ける。それに僕は、頷きながら答えた
「ハイ。多分あったと思います。有り難う御座いました、ロンメルさん」
「そうか。それなら、何よりだ・・・・・・・さて、そろそろ終わったかな?」
ロンメルさんは僕の回答に、そう言って微笑を浮かべてから、視線を机の上の小瓶へと移す
するとそこに置いてあった小瓶。光に包まれていた、グレタさんの血が入った小瓶は、先程と同じ様に、光に包まれたままだった
しかし、先程と少しだけ何かが違う。小瓶の姿に違和感を感じた僕は、小瓶をじっくりと注視する
そして、僕は気付く。先程よりも、若干だが、小瓶を包む光が弱い事に・・・・・・・
「よし。どうやら、終わったようだな。これで、治療が始められる」
どうやら光が弱まっていたのは、解析が終了した合図だったらしい。ロンメルさんはそう言って、小瓶に手を翳す
すると小瓶を包んでいた光が、ロンメルさんが翳した手へと吸い寄せられ、その手の中へと消えていった
「ふむ・・・・・・・なるほど。この成分は、やはり毒だな。しかし、こんな毒は見た事ない・・・・・・・流石は、毒王といった所か」
光を取り込んだロンメルさんは、納得したようにそう呟きながら、纏うアーティファクトへと手を入れ、幾つかの植物と、それを磨り潰す為の機材一式を取り出す
そしてすぐさま、ロンメルさんは毒を解毒する為の解毒薬の調合を始めた
「大丈夫なんですか、ロンメルさん?見た事のない毒の解毒薬なんて、作れるんですか?」
テキパキと作業をするロンメルさんの姿に感心しつつも、ロンメルさんのさっきの呟き。見た事もない毒だという言葉が気になり、僕はそう問い掛ける
するとロンメルさんは、作業する手を休める事なく、微笑を浮かべた顔をこちらに向け、それに答えた
「天川君。物事というのは、出来る、出来ないで捉えてはいけないな。絶対にそうするんだ、という覚悟と決意。それが大事だ。それさえ持てれば、自然と結果が付いて来る。物事というのは、得てしてそういうものだよ」
「なるほど。そういうもの、なんですか・・・・・・・」
ロンメルさんの言葉に、僕はそう言って頷く。だが心の中では、イマイチその言葉は納得出来ていない
決意と覚悟、それさえあれば結果は付いて来る。それはある程度の実力がある人だからこそ言える事であって、力のない、絶対にそれを成すのが不可能な人の場合は、当てはまらないのではないか?
そんな疑問を抱きつつ、僕はロンメルさんの作業を見守る。解毒薬が完成するまでの間、ずっと・・・・・・・
「さて、これで完成だ」
植物を磨り潰したり、磨り潰した物を混ぜ合わせていたロンメルさんは、そう言って作業を止める
その手には、小さな薬剤が数錠。ロンメルさんが作ったばかりの解毒薬が、収まっていた
「それで完成ですか、ロンメルさん?」
「あぁ、そのはずだ。後は、これを飲ませるだけで良い」
問い掛けた僕の言葉にそう答えると、ロンメルさんはベットの上で苦しそうに呼吸をしている、グレタさんへと近付く
そうしてその手に収まっている錠剤の一つを、グレタさんの口に放り込んだ
「うっ・・・・・・・むぐっ・・・・・・・」
突如口の中に入ってきた錠剤を、グレタさんは苦しそうに呼吸をしながらも、そう声を漏らしつつ嚥下する
するとそれからすぐに、グレタさんの呼吸は落ち着き始め、やがて穏やかなものへと移行する
それを満足そうに確認してから、ロンメルさんはその錠剤を高寺さんの口にも放り込んだ
「どうやら、成功らしいな。後は、感染源の究明だが・・・・・・・どうやら、その時間はなさそうだ」
高寺さんの呼吸も落ち着き始めたのを確認しつつ、ロンメルさんは僕の方を見ながら、残念そうにそう呟く
一体、どうして時間がないのか?それを訊ねようとした僕が口を開くよりも早く、部屋の扉を勢い良く開き、川崎さんが部屋に飛び込んでくる
そして一度深呼吸をして呼吸を整えてから、川崎さんは慌てたように口を開いた
「コンラッド殿、大変です。新たに騎士団の者が数名、倒れました。ルネスの兵士にも、同じ様に倒れるものが出たようです」
「分かった、すぐに治療に向かおう・・・・・・・これが、その理由だ。分かったかな、天川君?」
川崎さんの言葉にそう答えつつ、ロンメルさんは僕の方を振り返り、そう言って微笑む
そんなロンメルさんの微笑む顔を見ながら、最強の傭兵。ロンメルさんが【砂漠の狐】の異名で恐れられる所以を、僕はヒシヒシと感じていた・・・・・・・
『続く』
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